南の小京都「杵築」
きっと素敵な出会いがありますよ
杵築は江戸時代に譜代大名杵築藩主松平氏3万2000石の城下町として栄え、廃藩置県まで国東半島の政治・経済の中心地でした。藩主が奨励した茶の湯文化がいまも根付いています。
杵築城天守閣
杵築城は、室町時代初期に木付氏によって八坂川の河口にある台山(だいやま)の上に築かれました。台山は、北は高山川、東は守江湾に囲まれた天然の要害です。連郭式の平山城で、台山を空堀により4区画に区切られていました。 当初は台山山城に主郭部が設けられたが、慶長元年(1596年)の震災と、慶長2年(1597年)の暴風雨によって天守などが損壊したため、台山北麓に居館が移され、正保2年(1645年)以降は松平氏により山上の郭群が廃止されています。
戦国時代には大友氏と島津氏の戦いの舞台となり、江戸時代には杵築藩の藩庁が置かれました。城跡は、公園として整備され、山上の天守台跡に博物館と展望台を兼ねた模擬天守が建てられています。
サンドイッチ型城下町日本でただ一つといわれる“サンドイッチ型城下町”。どうしてこう呼ぶのか、この坂を歩いてみるとその理由がわかります。
塩屋の坂と酢屋の坂、これら二つの坂は谷町通りを挟み向かいあうように一直線に結ばれています。つまり、杵築城を中心に据え、それぞれの坂の上、南北の高台に屋敷を構える武士たちは、その谷あいで商いをする商人たちの町を挟むように暮らしていたのです。塩屋の坂から振り返るようにして酢屋の坂を眺めてみると、凹凸のある形状がまさに“サンドイッチ”のように見えてきます。貴重な景色としても訪れる価値のある坂ですが、景色以上に、江戸時代の武士や町人たちの暮らしやこの町の様子をうかがい知ることのできるかけがえのない遺産でもあるのです。その坂の上から眺める景色はとてもダイナミックで、武家屋敷やその茅葺屋根、そして町家の家並みに白壁、石垣、竹林と、貴重なこれらの景色は映画やドラマにもたびたび登場しています。
観月祭観月祭の形は、茶会に訪れる客人のために行燈で足元を照らしたもてなしの形からはじまったといわれています。毎年10月に行われる観月祭の2日間は、竹行燈と月明かりが武家屋敷や石畳を照らします。市民や団体の工夫を凝らした光の演出もあり、町家も照らし出されます。散策のあとは、芝居小屋「衆楽館」で芝居見物を楽しんでみてはいかがでしょうか。
きつき衆楽館
また、杵築には別府にも負けないとても良い泉質の温泉があります。是非ご入浴してみてください。
天然温泉いこいの湯